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【奇跡的なホールインワン】それってウソでしょ?本当にあったミラクルショット集

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『事実は小説よりも奇なり』という諺があります。漫画のような、映画のようなどころか、その上を行く事実ってあるものですね。

ゴルフでも時折、神懸かったショットを見ることができます。その最たるものといえば、やはり「ホールインワン」ですね。

 

昨日今日始まったスポーツではありませんから、数百年間に残された記録はアッと驚くショットがごくフツーに散らばっています。

そんなわけで今回はとんでもない記録と珍記録を織り交ぜてご案内します。

 

奇跡のホールインワン(?)記録

 

1990年代を代表する名プレーヤーの中でも、南アフリカ出身でジンバブエのニック・プライスのホールインワン記録はとてもユニークです(上の画像を良く見たうえで読み進めてください)

1977年20歳でプロ入り、メジャー通算3勝、1993年から2年連続でアメリカのPGA賞金王(通算18勝)、1994年の世界ランキングで最終ランキング1位を獲得しています。

日本でも1999年のサントリーオープンで勝っていますね。

 

1994年からヨーロッパ以外のプロゴルファーとアメリカのプロがガチンコで隔年戦う、プレシデンツカップが創設されました。

プライスは第1回から2003年まで5回連続出場しています。2017年は松山英樹も参戦したこの試合、この物語の主人公であるプライスはキャプテンでした。

最終ホールで勝負を決めるパットを外した瞬間、プライスが膝でパターのシャフトをバキッと折ったシーンが目に浮かびます。

 

そんな行動からも察しがつくような性格の激しさがあるプライスですが、彼は世にも奇妙なホールインワン記録を持っています。

でも、これがホールインワンといえるかどうか?それは読者の皆さんにお任せしましょう。

 

イノシシに当たりホールインワン?

1977年、プライスはヨーロピンアンツアーを目指して練習に明け暮れていました。その前の2年間はローデシア空軍で2年間の兵役があったので十分ゴルフができなかったのです。

プライスが練習していたのはエレファント・ヒルズというコースでした。ジンバブエは内陸ですから、ゴルフコースにはいろいろな動物が登場します。

 

プライスがティショットしようとした時、かなり大きなイノシシの一団が50ヤード先を横切る姿を目にしました。5~6頭いたイノシシたちは、人がいても一向気にするそぶりはありません。

構わずに打ったプライスのボールは、完全なミスショットでイノシシの群れに飛んで行き、中でも一番太っているイノシシに一直線。

 

ボールは数回強烈なバウンドをしたあとイノシシのお尻あたりでパッと消えました。

その時の仲間は女性と男性の3人、見ていた彼らはイノシシの肛門に入ったように見えたといいました。

実際、彼らが通り過ぎた後にボールの姿がありません。見事なホールインワン?だったのです。

 

プライスは後日、完全なミスショットだと語っていますが、インテンショナル(意図した)ショットではないかと仲間に問い詰められたんだとか。

 

パー4でのホールインワン記録

 

ホールインワンのアッパレな記録は日本人選手もたくさん持ってます。

まずは中嶋常幸さん。1998年の中日クラウンズ、ゴルフファンには良く知られた名古屋ゴルフクラブの和合コースでした。

石川遼選手が2010年に同大会で「58」をたたき出した、あのコースです。

 

中嶋プロのホールインワンは1番ホールでした。みなさんここがパー3だと想像されるかもしれませんが、実は341ヤードのパー4で起きた大記録です。

つまりパー4のホールインワンとなるとアルバトロス(ダブルイーグル)です。

これがパー4のホールインワンとして国内唯一の記録です。

アルバトロスってなに?鳥の名前がスコアネームになった理由・語源について

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1日で2度のホールインワン記録

 

次の日本人選手は宮里優作プロです。

宮里優作選手はPGAに参戦したくて2003年から2年続けて予選会に行きましたが、惜しいところで手にすることができませんでした。

 

2006年8月25日、PGAのリノタホ・オープンにスポット参戦した時のことでした。

第2ラウンドの7番(230ヤード)のパー3でホールインワンして「万歳!」、ところがそのすぐ後の12番(173ヤード)でまたまたホールインワンを記録してしまったのです。

 

当時の日本の新聞に、「日本人宮里優作、PGA史上初の快記録!」と書かれましたが、あれは間違っていましたね。

実はPGAサイトのツアーブックには2人目だと載っていました。

その記事には最初に一日2回のホールインワンを達成したのは、ビル・ウェドンというアマチュア選手。

1955年9月1日にPGAのインシュランス・オープンの第1ラウンドで5番と9番で成し遂げたと表記されています。

 

それにしてもアッパレではありませんか。

 

2日連続同ホールでホールインワン

参考:PGA TOUR

 

 

1986年の「クライスラーカップ」も記憶に残っていますね。アーノルド・パーマーもさすがの快挙です。

コースはメリーランドにあるTPCアベネルで、189ヤードパー3の12番ホールで記録されました。

アーニーがここでホールインワンを達成したのはさほど驚くことではないのですが、なんと翌日も同じ5番アイアンで放り込んでしまったのです。

 

プロがエースを決める確率は2,500回に一度といわれていますが、二日連続はスゴイの一言です。

 

マスターズでのホールインワン

まだ記憶に新たな2016年のマスターズ・トーナメントの最終ラウンドで、到底信じがたいホールインワンの記録が出ました。快記録の舞台は、あの美しい16番パー3でした。

最初にエースを決めたのはモシャモシャ髭が印象的なアイルランドのシェーン・ローリーでした。パトロンは大興奮してオール・スタンディング・オベーションです。

 

ところが続きがありました。

パトロンのざわめきが収まらないうちに、今度はデービス・ラブⅢがやってしまったのです。

 

これで終わりではありません。

興奮が冷めないその直後、南アフリカのルイ・ウェストヘーゼンが打ったボールは、コロコロ転がる打ちに先に打った同伴者のJ.B.ホームズのボールに当たって方向が変わりなんとカップに吸い込まれました。

 

やっぱりオーガスタナショナルには、ゴルフの神様が住んでいるとしか思えませんね。

 

本当にあった奇跡的なホールインワン記録のまとめ

生涯、プロのトーナメントで1度もホールインワンを記録したことがないベン・ホーガンはこんなことを言い残しています。

「グッドショットとは、ピンそばを狙い打ちすることである。

ホールインはカップを狙っているわけではないのだから、それは単なる偶然である。

いってみれば"事故"に過ぎない」

 

日本アマを6回制した稀代の名手、中部銀次郎さんは

「ピンは狙わず、常にグリーンの中央を狙うのが正しい。どこにピンが切られていてもほとんどバーディチャンスになる」

名言ですね。

ホールインワンは生涯一度は経験してみたい「事故」ですが、狙って入るものではないですから、アマチュアならなおさらセオリー通り攻めたいものです。

 

事故といえば、以前仲間の一人がパー3のティーショットを大きくシャンクした時のことでした。

50ヤードも離れた隣のホールのグリーンへ一直線、見事そのままカップインという事故もありました。そのホールでプレーを終えたばかりの方たちからは拍手喝采!

本当はこちらが謝るべきなんですが…

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