トラはあらゆる生物を餌に変える自然界の王者です。
強靭な体は全身が筋肉質なので、すさまじい瞬発力を発揮します。
草木でその巨体を隠しながら、音も気配も感じさせないまま息を殺して静かに近づき、垂直ジャンプ3mという想像を絶する身体能力で確実に獲物を確保します。
ゴルフ界のトラが帰ってきました。
”タイガー・イズ・バック”
9か月の潜伏期間を経て、ついに「マスターズ」という獲物に向かって静かに一歩を踏み出したのです。
「ヒーロー・ワールド・チャレンジ・2017(バハマ・アルバニーGC)」、タイガー・ウッズはこの大会で見事復活を果たし9位という好成績でフィニッシュしました。
当然この時期の復帰は120日後に迫っているマスターズを視野に入れているからでしょう。
タイガー・ウッズのカムバックについて、「タイガーは勝たなくてもいい、プレーする姿さえ見せてくれれば…」というファンの声がありますが、きっと本人の耳には入っていないでしょう。
圧倒的多数のゴルフファンは「タイガーは終わった」と横目で眺めていました。
数々のスキャンダルや度重なる腰痛、薬物使用でもうろうとした姿を見れば誰もがそう思ったはずです。
しかしそんな苦難を乗り越えて、今ゴルフ界の伝説が動き始めました。
タイガーの目はすでにメジャー最多勝のジャック・ニクラウスの18勝という数字を睨んでいることでしょう。
耳をすませば聞こえるはずです、王者が元の住処に戻ってきた確かな足音が。
タイガー・ウッズが帰ってきた!タイガーのセカンドステージが始まる
ヒーロー・ワールド・チャレンジのタイガーは、プレーできる喜びを噛みしめているかのようでした。
実際にタイガー自身は「ワクワクした」と試合後に語っています。
「自分の体調に問題が発生する不安は持たなかった。
むしろどのくらいのスコアが出せるのか、メンタル的にどのくらい安定感があるかが気になっていた」
さらに「アドレナリンが出ていることを意識しながらのラウンドができたことに非常に満足している」と語っています。
そして自分のプレーに対しての評価について、
「飛距離も期待通りだった。
アイアンも錆びついていなかったし、パッティングに関しては満足いく結果だった。
これからに対し非常に良い兆しになった」
タイガーファンにとって、これほど力強い言葉はありません。
ヒーローが奈落の底まで落ちていった経緯
思えばタイガーが地に落ちるまではあっという間でした。
以下、時系列にしてまとめてみました。
<2009年夏>
最初にニューヨークのクラブホステス、レイチェル・ウチテルさんとの不倫が発覚して報道されました。
その後次から次へとカミングアウトが続き、ついにその数は10人に達し、なかには口止め料として100万ドル(約1億1,000万円)受け取ったというニュースも。
<2009年11月>
自分で運転中に木に激突する交通事故を起こしました。
アメリカ・フロリダ州にある自宅近くで、キャデラックのSUV(多目的車)で運転操作の誤りと伝えられた事故発生。
当時の一部メディアは、タイガーの不倫が発覚して逆上した夫人(エリンさん)が車の窓ガラスをゴルフクラブで叩き割ったと報道しました。
<2010年4月>
2009年12月に本人が「米ツアーから無期限欠場する」と発表しましたが、この年の4月のマスターズで復帰します。
<2010年7月>
夫人のエリン・ノンデグレンさんと離婚が成立しました。
慰謝料は7億5,000万ドル(約832億円)と伝えられています。
<2013年3月>
アルペンスキーのオリンピック金メダリストであるリンゼイ・ボンさんとの交際が始まりました。
しかしこの交際も2015年に破局、理由は不明です。
<2016年12月>
タイガーはこの年のヒーローワールドチャレンジで復帰しました。
3度の腰の手術を受け、競技から1年3か月離れて慎重に復帰しましたが、それでも早すぎて失敗します。
<2017年5月>
リハビリ用の薬物を服用したため(タイガーの話)、車を運転中に意識朦朧となってフロリダ州ジュピターで逮捕されます。
その後、司法取引で保釈されました。
10月にフルスイングが始まった!
ファンはヒーロー・ワールド・チャレンジで見せたタイガー・ウッズの姿に、安心以上の現実を確認しました。
腰痛に悩まされていたころ、ボールを拾うにも腰をかばっていた様子が目に焼き付いていたからです。
それに度重なるスキャンダルや満を持しての復帰も失敗。
4月に椎間板の一部を切除して入れ替える手術を受けました。
さすがのモンスター・ウッズも「ドクターの指示を待ってリハビリをする」と、非常に従順に過ごしてきました。
そして2017年9月以降から、恐る恐るボールを打ち始めました。
フルスイングを始めたのは10月に入ってからでした。
ファンはYouTubeやTwitterで7日にアイアンショット、15日にドライバーショット、23日にスティンガーショットを打つタイガーの姿を見ることができました。
ほとんどのタイガーファンは、それらのSNSでみた映像を遥かに上回るタイガーのプレーに満足しました。
長いリハビリでひどい体形を想像していたファンはビックリ!
270日を超えるリハビリで、弱弱しい体を想像していたファンは良い意味で裏切られました。
タイガーの体は絞り込まれ、隆々とした筋肉質で無駄なぜい肉はまったく見当たりませんでした。
彼がその間、いかに努力したかファンはすぐに理解しました。
今の松山英樹プロは世界ランク5位にいます。
力量的にも16か月ぶりの戦線復帰したタイガーとは、格が違うものと思ってテレビ中継を見ていた人々は大勢います。
しかし初日を終わってみるとタイガーは5バーディー、2ボギーの3アンダー「69」、首位に3打差の8位と好発進します。
一方相性の良いコースで大会連覇を目指す松山プロは1アンダー71でなんと14位。
この日だけ比べればタイガーのほうが良かったことに驚きました。
現役ピカピカの松山にタイガーは負けなかったのです。
タイガーの慣らし運転を世界は注目した
「ヒーロー・ワールド・チャレンジ・2017」がいかに世界からの注目を浴びていたかを知る情報があります。
この日はテニス界のレジェンド、ラファエル・ナダルらがわざわざタイガーのプレーを見るためにバハマに飛んできたのです。
そんな雰囲気の中、タイガーのプレーは完全復活までほど遠い50~60%のエンジン稼働率でした。
ところが克明に見ると、2018年の勝利が近いどころか「マスターズ」に照準を合わせていることを伺えるプレーがいくつか見られました。
2日目までのアンダーパーだったプレーは、ハッキリ言って慣らし運転でした。
そして、心配された「アプローチ・イップス」の影は全く見られませんでした。
3日目は吹き荒れる風に対応できず、3オーバー「75」とスコアを落としウッズは最終日を迎えます。
タイガーの復活を確認できたのは特に7番でした。
2番、5番をバーディとして迎えた7番のセカンドは往年のタイガー・ショット以上であることに間違いありませんでした。
そしてイーグルを決めるパッティングも迫力満点でしたし、前半だけで5つスコアを伸ばすタイガーから、「マスターズ」に忍び寄るトラの足音を感じました。
タイガー・ウッズ80勝への歩みのまとめ
タイガーの復活は、ファンもタイガー自身も想像している以上に大きなものです。
今のゴルフ界のトップランカーに与える影響も大なるものがあります。
タイガーに憧れプロゴルファーを目指したたくさんの現役トッププロたちも、ニュー・タイガーの引き出しを垣間見たでしょう。
それはどこかというと例えばご紹介した中で、ターフをあまり取らないスティンガーショット(タイガーは時々ノックダウンという)、そして7番のセカンドショットをいつものダウンブローのクラブの入れ方と違うフェースの開き方、さらにドライバーショットでは体をコイルしながら左足を少し開くという新打法など、タイガーだけのマジックボックスに彼らは気づいたかもしれません。
タイガーは常にゴルフの真髄を追及している伝道師のようです。
彼は確実に80勝を果たし、サム・スニードへあと2勝と迫るでしょう。
どうぞ耳を澄ませて来年のタイガーをご覧ください。獲物を狙うトラの静かな足音が聞こえるはずです。