2017年12月、「スコアを2打改ざんし、10年間の出場停止」というニュースが流れました。
プロゴルファーが自分のマーカー(スコア確認と記録する立場の同伴競技者)の書いたスコアカードを、こともあろうに後から消しゴムで消して少ないスコアに書き直して提出したという、世界でもほとんど例のない事件です。
今回のスコア改ざんはゴルフというジャンルを飛び越えて、広い範囲で報道されました。
ゴルフをほとんどご存じない人たちにとって、唯一の印象が「ゴルフは紳士淑女のスポーツ」という基本的なイメージを持っています。
”紳士が犯罪を犯した”かのように咀嚼し、ショッキングだったからです。
しかし、「ゴルフ場の紳士淑女」とか、「ゴルフの真髄」の本意は、必ずしもすべての方が正しく理解しているとはいえません。
今回は「スコア改ざん」という出来事から、ゴルフはハンパな「フェア精神」ではないこと、そして過去に実際に合ったフェアプレーなどをいくつかひも解きながら再考しましょう。
スコア改ざんは何のためのゴルフなのか理解していないから
結論的ですが、人間の精神的な強さや弱さは「自制心=Self control」が大きなファクターのひとつです。
フェアで潔く、真実に対して正面から向き合える方は、ゴルフだけではなく日ごろから強い自制心をお持ちです。
メンタルの弱い強いは、日常でも状況が悪くなると「逃げる」、「誤魔化す」、「ウソをつく」という”真実に背く気持ち”に安易に傾く度合いで明確化します。
「あるがままに打つ」のがゴルフですが、問題は”あるがまま”に対する強い心のありようです。
ウソが日常化した人にとって、ゴルフは誰からもウソがクリアに見通されていることに気づかない場所だということに気づきません。
逆に自制心がとことん強い人物は、フェアを飛び越えて「逆境を楽しむ」というレベルで高邁なゴルフを楽しみます。
ピンチの時にウソをつきたくなる弱い自分を正そうと努力するなら、ゴルフは人生の助けになります。
スコアがすべてと誤解している浅はかなゴルファー
幸か不幸か、ゴルフのルールは(競技会以外)審判がいないので、スコアは100%自己申告です。
後漢書の楊震伝に「四知」という有名な話があります。
どう誤魔化してもすでに天が知り、地が知り、自分が知り、相手が知っているので、ウソは隠しきれないということですね。
OBのボールを蹴りだして「セーフだ」と言おうと、良い場所にあったロストボールを自分のものだと主張するのも、トリプルボギーで上がっても「ボギーです」というとすべて簡単に通ってしまうのがゴルフです。
ある意味「四知」を知らないウソつきには残酷なゲームです。
今回の事件の根本には、まだ歴史が浅い日本のゴルフ、スコア至上主義しか考えないゴルファーや一部のファンが介在しています。
スコア改ざん事件の概要
では話のきっかけになった今回の事件を再確認してみましょう。
2017年10月に熊谷市で開催された、JGTOの下部ツアー「太平洋クラブチャレンジトーナメント」の最終日でした。
20歳の斎藤拳汰プロが、マーカーが記載したスコアカードの一部を消しゴムで修正して提出しました。
本当は「6」だった1番ホールを「5」にするなど、2カ所を意図的に改ざんして計2打を過少申告したのです。
曲がりなりにもプロゴルファーでありながら、ゴルフの存在意義を根底から突きくづしてしまった行為に、ゴルフを愛すればこそ強い義憤を感じる方はたくさんいらっしゃったでしょう。
JGTOはこの行為に対し、ゴルフ規則第1章に規定されている「ゴルフの精神」に反する重大な違反行為とし、上記のような処分を課しました。
本来なら除名処分もあり得ましたが、本人が20歳という若さであったことから、将来に向けた更生を期待して10年間の出場停止処分に落ち着きました。
世に名を連ねたゴルファーたちはやはり紳士だった
非常にショッキングな出来事でしたが、気持ちを考えれば分からなくもありません。
まず彼らは「1打1打に生活が懸かっている」ということ。
もしプロゴルファーを職としていて、金銭的に窮地に追い込まれてしまっていたら…と思うと心には怒り以外の気持ちも芽生えてきます。
しかし、ゴルフ界に名をはせた偉人たちの考えは違います。
ゴルフで自分をだますのは悲しいと言ったボビー・ジョーンズ
世界中のゴルファーからリスペクトされているボビー・ジョーンズは、優勝回数が多かったからだけではありません。
彼の評価は数十年に渡ってのものでした。
1925年の第29回全米オープンでのことです。
11番ホールで彼のセカンドショットは大きく曲がり、グリーンからだいぶ離れた横の斜面の深いラフに止まりました。
ボビーはスタンスした後、すぐに競技委員に向かって
「アイアンクラブがラフの草に触れたときボールが動いてしまった」
と痛恨の事実を申告をしました。
結局1打の罰が命取りになり、プレーオフで敗北しました。
その日の同伴競技者だったウォルター・ヘーゲンは「誰も確認していないので、ペナルティーではない」と進言しましたが、ボビーは真実はひとつだけだといいました。
有名な話ですが、後日称賛されたことがボビー自身理解できずにこう言いました。
「銀行に行って強盗しないで帰ってきたからといって、誰も褒めないでしょう?当たり前のことであり、ゴルフで自分を騙すぐらい悲しいことは考えたくもない」
※2016年以降のルール改正で、ボールが動いてもプレーヤーに原因がないときは無罰となっています。
貧困の中でも真実を貫いたブライアン・デービス
あまり知られていませんが、筆者がテレビのライブ中継で目撃した印象深いトゥルーストーリーです。
ブライアン・デービスはイギリスからプロを目指し15歳で渡米しましたが、この世界は甘いものではなく、わずかな資金を大事にしながらフロリダ州周辺のミニツアーを転戦する毎日でした。
デービスの手は震えていました。
2010年のベライゾン・ヘリテージトーナメント(ハーバータウン・ゴルフリンクス)でチャンスが来たのです。
18番ホールで14メートルを沈めてジム・フューリックとプレーオフに持ち込みます。
夢にまで見た優勝はすぐそこにありました。
プレーオフの18番、緊張感からセカンドが左に引っ掛かりグリーン左の崖下へ!
そこは満潮時には海水で見えなくなる荒地で、ボールは砂の上にありましたがハザード内です。
デービスはサンドウェッジで3打目を打ってオンさせました。
ところが間髪入れずに手を上げ、競技委員に「バックスイングで草に触れた」と正直に吐露したのです。
ギャラリーからも同伴者も見えない、海側のがけ下でした。
仕方なく競技委員はテレビのVTR(写真)で確認して事実を知りました。
あだ名がオネスト・デービス(正直者のデービス)といわれるくらいフェアな精神と強いメンタルを持った彼は、その瞬間初優勝の100万ドルを逃がしてしまったのです。
この一件は、のちに高校の道徳の教材になりました。
「そんなうまくいくはずはない!おかしい」と言ったのはエルス本人
2017年の欧州ツアー、BMW―PGA選手権でこんなことがありました。
アーニー・エルスのボールがバンカー際の土の中にズボッと奥の方まで埋まった時です。
エルスは確認のため、ルールに従ってボールを一旦拾い上げます。
自分のものだと確認したので元の状態に復元しました。
とんでもない難しい条件でしたが、なんとそこからカップに飛び込んでチップイン・イーグル!
大歓声のあがるギャラリーの拍手の中で、なんとエルスは首を振ったのです。
すぐにオフィシャルを呼んで、自分に課すべきペナルティがあると言いました。
「おかしい?そもそも簡単に打てるライではなかった。これはルール通りにボールを元の通りに戻さず、自分に甘かったのが原因だ」
エルスはスコアを平然と「3」から「5」に変えて提出しました。
「ゴルフの真髄=究極のフェアプレー」はここにあります。
その意味は、他人に対してではなく自分が真実に対し納得することです。
エルスはスコアを改ざんしたのではなく、真実に従って改善したのでした。
スコアを改ざんして10年の出場停止のまとめ
ゴルフには審判がいないので、自分自身の裁定はどちらかというと不利にしておくのが基本理念です。
いくらでも誤魔化しがきくからこそ、自分の利益を優先させて誤魔化しの申告をすることこそ「紳士淑女のゴルフの精神」に反する行為です。
紹介した偉人たちは、正直に真実を語るという点で「心の自制心と潔さ」に文化度を感じます。
宗教的、歴史的、教育環境の根底にある些細な差の積み重ねとも受け取れます。
ウソをつかないという幼少期からの教育はもっと徹底する必要があります。
それこそ、ゴルフを小中学校の正課にしたら、時間とともに大きな成果が出ることは間違いないでしょう。
ゴルフは人間の尊厳、つまりほかの動物にはない崇高な人格を育ててくれる一面があります。
ひとから信頼されるまでには長い時間が必要です。しかし、それを失うのに大した時間は必要ありません。